〈独白する三兄弟が超怖い〉
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どこかのだれかがこんにちは
母の薬指には二本の指輪が、プラチナと金のそれぞれよく似た細い飾り紋様の指輪が
ぴたっ、と接着したように隙間なくくっついてはまっている。

まだ母の手をまじまじと見つめてもなんら気恥ずかしくも後ろめたくもなかった頃、
すなわち小学校低~中学年の頃にこれはふたつ輪がセットになっておる仕様なのかなあと思った俺は、
もしそうなら外見も叱り方ものび太のママに激似の母にしては意外に洒落ておることだなあと感じ、
「これは金銀セットなん」と訊いた。
すると母の顔に何やら一瞬、強張った優しさというか硬質な慈愛というか何かこう、その、
ひとくちには形容しかねる緊張とも微笑ともつかない込み入った表情が浮かんだ。
――あっ、これは訊いてはならんことだったのかもしらんと思った俺はすぐにでも
話を変えようとしたような気がするのだが母はすうと息を吸ってから「これはな」と、
俺の目を見た。


1970年代――母が親父と結婚して、まだ数ヶ月の頃。
ある休日、市内某所の砂浜へ出かけたのだという。
なにぶん古い話なので、既に季節すら定かではないのだが、どうやら泳ぎに行ったわけではないらしい。
よもや真冬の海を彷徨う新婚夫婦などという不穏当な状況は考えづらいので、
おそらく春か初夏、行楽日和の昼下がりといったところではなかろうかと思われる。
ふたりは見合い婚で、まだお互いにきちんと知り得ていない部分も多かったことから、
結婚後に時間をつくってはこうしてデートを重ねていた様子である畜生もう勘弁してくれ

――うららかな日差しにあたためられた潮風が、遠くの海鳥の声を運んで来る。
母は親父の少しうしろを歩きながら、魚類の生態について熱心に語る己の伴侶の横顔を、
微笑みを浮かべて眺めている。
生憎、その話のどこに関心を持てばよいのかいまひとつピンとこない。魚釣り自体に興味が無い。
しかし一応噛み砕いて、わかりやすく講釈している様子であることに彼女は満足を覚えている。
自分の趣味についてできるだけ知ってもらおうと努力してくれていること自体に、その態度に、
彼女は安堵し、幸運を感じている。

親父の話が佳境に入り、例えばこの浜ではどのような魚が釣れるのかという解説にさしかかった時、
母の目は一瞬の光を足元に見る。
それはまばゆく陽光を照り返す砂浜にあって、まるで川面にひと粒だけのビーズを流したような、
極々僅かな輝きであった。
母は足を止めた。
親父は片眉を上げ、振り返った。
「……どうしたん?」
「何か……、落ちとるみたい」
もしそれが瓶の欠片などであれば、誰かが踏んで怪我をする。
母はその場にしゃがみ、両手で浜の上皮を撫でる。
すると――きらり、と金色の、今にも消えいりそうな悲鳴にも似た、光。

――落とした人、困っとるんでないかな。と親父。
あるいは何か、理由があってここに棄てられたか。

――どんな理由かはわからんけど、こんなところで。と母。
これは、結婚指輪だ。

失くしたにせよ、棄てたにせよ、よほどの想いが今、
持ち主をさいなんでいることだけは間違いない。
何日も探して、探して、探して、疲れ果てて諦めたのかもしれない。
あるいは何日も悩んで、悩んで、悩んで、泣き腫らした目をしてここで外したのかもしれない。
表面の細やかな幾何学模様は砂粒にこすられながらいささかも荒れてはおらず、
ふたりはその金の指輪をはさんでしばらくの間、黙っていた。

そして唐突に、母はそれを、自分の薬指にさした。
親父はギョッとして「おい」と声をかける。
金の指輪はあつらえたように、既に薬指にある白金の指輪と、まったく同じ径をしていた。
「わたしは今、しあわせなんよ」
母は硬い、決意めいた微笑みを浮かべ、親父を見上げた。
「これをしとった人が今、どこでどんな風にしとるかはわからんけど。
 ――わたしが、その人のかわりにこれをつける。
 その人がどこかでしあわせにおれるように、ずっと代わりに、つけとく」
ふたつの指輪はピタッ、と、母の薬指で接合した。

風が出てきたようである。母の髪が乱れる。
親父は何と言っていいかわからず、驚きの顔で自分の妻を見つめていた。
その様子が可笑しかったのか、母は今度は屈託なく笑い、自分の腹部に手を置いた。
新しい指輪が母の腹ごしに、俺の頭を撫で、俺に挨拶をしたようだが、
勿論そんなことは、今の俺はまるで覚えていない

むかしむかしの話。
コメント
すばらしい!
素晴らしいWバイブスを感じさせるおかあさまですね。だからたっちやん兄弟のようなWバイブスな赤ん坊も産めたのだと思います!海岸の指輪に幸あれ!やらないとわからないよ なにごとも!
2011/02/13(日) 01:34:41 | URL | ゆめ #-[ 編集 ]
ちょっとその、Wバイブスというのが何なのかわからないですけどもあの、はい。
恐縮ですありがとうございます。何かすみません。

だからこれは、一生外すわけにはいかないのだと、そんなようなことを申しておりました。
でも両親の若い頃とかをリアルに想像すると本能的にきしょいものを感じますね人間て不思議ですねハハッ。
2011/02/13(日) 19:38:26 | URL | 松 #SFo5/nok[ 編集 ]
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